令和8年 清澄山祈願参拝下山祝賀説法会 会長挨拶
本年も全国津々浦々から、海外からも多くの会員の皆様に清澄山修行をして頂き感謝申し上げます。今回の説法会では、希心會の御山修行についていろいろとお話をしました。そのため会報やHPの紙面にはおさまりきれないので、その中の一部分のみを会報とHPに載せさせて頂きます。
日本の国土の約8割は山です。私たちは古来山から多くの恵みを得て生活をしてきました。そして山自体の神や霊、その地域の亡くなった者の霊、つまり祖霊が山に集まり、それらが自分たちの地域を守ると同時に、成仏できない祖霊は悪さもすると信じられてきました。また各地にある「霊山」と言われる場所には、更に大きな先祖、祖霊が集まると信じられてきました。
6世紀に仏教が日本に入ってきて以来、それらの霊山で修行をする山岳修行者は『法華経』を「懺悔滅罪」つまり罪を悔い改め、消滅させる經典として用いてきました。日々の生活を守ってもらうために、自分自身の罪、けがれ、行いを懺悔し、罪をつぐなって良き順序を頂こうという信仰が日本古来の山に対する信仰であり、修行でした。そこに『法華経』が大きく関係しています。ここでいう「自分自身の罪けがれ、行いの懺悔」とは、遠い昔からずっと続いている自分自身の過去世、つまり自分自身の先祖の罪けがれであり行いです。
希心會は70年以上にわたって御山修行を続けてきました。それは、日々の行では成仏できない大きな強い先祖を供養し、悪因縁を洗浄するための場としての御山修行であり、この国特有の山岳信仰に深く関わってきた懺悔滅罪の經典である『法華経』を拠り所として行じてきました。時代や社会が移り変わり、会員の状況が変わっても御山修行を大事な行と位置付け、これからも続けて行きたいと思っています。一方で、変化の中でその時の状況をしっかりと把握し、できるだけ多くの会員の皆さんに行をして頂けるように考えて行かねばなりません。皆さんも改めて希心會の御山修行は年年の行事ではなく、その時にしかできない先祖の供養をする場であることを考え、どのようにしたらご自身の家の先祖供養がしっかりとできるのか、そのためには御山修行をどのように行じて行かねばならないのかを考えてほしいと思います。
希心會は『立教の大綱』に基づいて行をする先祖供養の会であり、それぞれの家の宗教宗派は問いません。御山修行は、希心會の御守護神である普賢菩薩以下諸佛諸天善神が乗り移った本部御旗、支部の御守護神が乗り移った支部御旗と共に、また導師の多くの御守護神に護られながら修行し、支部長の下、導師・信者が一つになって行じ、祈願をさせて頂くことが大事だということを覚えておいて頂きたいと思います。
私たちは「すべてはうつろいゆく」中で日々生活をしており、時は一瞬も留まってくれません。そして私たちを取り巻く社会はめまぐるしく変わり、自然環境も、文化も、生活も、人の心も、自分自身の年齢も体もどんどん変わってゆく、という事実を受けとめて行かねばなりません。その中で「今何を為すべきか」を常に自分に問い、答えを見つけて行かねばなりません。私たちは「諸行無常」に流されるだけでなく、その時その時にやるべきことを考え、しっかりと実践して行くことが必要です。そのための智慧を『妙法蓮華経』は教えてくれます。
本日皆さんとあげた『普賢菩薩勧発品』には、普賢の行は「少欲知足」が大事であると説かれています。今ある事に満足し、謙虚に感謝の心をもって懺悔の行をすること、これが希心會の会員に求められています。私たちは、日本古来の信仰の心を保ちながら仏道を行じ、先祖を供養する道を正しく歩んでいるということに誇りをもち、これからも、各地で行じている多くの会員の皆さんと共に先祖供養をする仲間を増やし、今世の善き順序を頂き、それぞれの役を果たして行きましょう。 合掌
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