令和7年 身延祈願参拝下山祝賀説法会 会長挨拶
本年も多くの方が希心會の身延修行に参加して頂き感謝申し上げます。
幸せで幸せで、希心の法華経を行じている方はまれでしょう。同様に、何の願いも祈りもなく、御山修行に参加される方もほとんどいないと思います。今回も御山修行をされた方は、希心會の御山修行では、自分自身の悪因縁が洗浄でき、我が家我が身の御先祖の供養ができ、自分の願いを神仏に祈ることができ、そしてより良き順序を頂くことができる、と信じて行をされたと思います。
一方で、毎年御山修行に来られる方、特に導師は御山修行に対するそのような思いを忘れ、御山修行を義務のように考えている者もいるのではないかと思います。支部長に言われたから行く、人数が足りないから行く、修行だからとにかく行く、となっているのではないでしょうか?これは、私自身の反省でもあります。我が家、我が身の悪因縁を洗浄し、自身の御先祖を成仏させ、自分の願いを祈願し、成就するために御山修行に行くのだ、という気持ちを新たにした今年の身延修行でした。
さて、希心會の御山修行は、毎年必ず修行が出来るわけではありません。初代会長は「いつかは御山修行に行けなくなる」と予言をしていました。それは外的・社会的要因もあると思います。コロナなどはまさしくその良い例です。またどんなに御山修行をしたくても、体調不良や急な用事で行けなくなります。ですから、「今年は御山修行に行かなかったけれど、来年行くから大丈夫」と思っても、次回も御山修行に行けるという保証はどこにもありません。「諸行無常」のことば通りすべては移ろい行きます。私たちは、常に一期一会として機会を逃さず行をしなければなりません。そして、初代会長の予言の別の意味は、私たちがしっかりと行をしないからできなくなるという意味でもあったでしょう。会長以下全会員が、なぜ希心會の行をするのか、なぜ御山修行に行くのかを改めて考える時期に来ていると思います。
人は「おはよう、こんにちは」という挨拶はできますが、「すみません、ごめんなさい」つまり懺悔の言葉はなかなか言えません。しかし、毎朝自分のご先祖に懺悔することにより、自分のご先祖と話をすることができます。同様に、皆さんが導引こうとする「相手のご先祖」に懺悔して対するならば、その相手の方と話をすることができます。「何かお悩みですか」「何かお手伝いできることはありませんか」と声をかけることができます。そして16番のお経『如来寿量品』にあるように、「こんな良い薬がありますよ」と相手に道を示すことが出来ます。つまり、悩みごとがあるならば、希心の法華経という薬を飲んでみませんか?と手を差し伸べることが出来ます。相手の苦しみを救う道を示すこと、これこそが、皆さんが実践できる菩薩行と言えます。希心の法華経を広めることは、成仏したくてもできない多くのご先祖を供養することです。そのような思いをもって行ずることが日々の行であり、それが御山修行にもつながって行きます。
その御山修行は「自ら行う志願者」で行うものであり、強制して行うものではありません。御山修行は悩みを持ち、苦しみ、祈願をしたいという者の行でなければなりません。本年も多くの支部で、多くの方が善き順序を頂いたと報告が来ています。しかし、現世利益だけを求めることはだめです。欲だけを出した者は、最初はうまくゆきますが、いずれふるい落とされて行きます。それほど御山修行とは尊く、また厳しい行です。私たちの周りには、様々な理由で御山修行に行きたくても行けなかった方々がたくさんおり、その方々と共に成仏したかった先祖が無数にいたのだと考えると、そのような人々に心を寄せ、その因縁洗浄を願い、そして自分自身は御山修行に行けたことを感謝しなければならないと思います。
「法華経の心は感謝の心、希心の行は懺悔の行」です。
私たちは常に周囲に対して感謝の心を忘れずに、そして自分自身の先祖に対して懺悔する気持ちを忘れずに、これからも次の行に向けて精進して行きましょう。 合掌
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