■【旧】会報第一号『感謝の心で行ぜよ - 因果応報の理を悟れ』

希心會会報『希心』第1号(昭和39年4月1日発行)より
『感謝の心で行ぜよ - 因果応報の理を悟れ』 故希心會二代会長 飯島清江

 今日の世の中は「懺悔の法なり諸仏を生ずる法なり」でありまして、どうしても法華経を行じなければ救われません。ここで諸仏を生ずる法とは一人一人が菩薩となる法ということです。

 日本という国は立派な国なのです。この日本を汚くしたということは、泥々にしてしまったことは、一人一人の心が汚い慾のかたまりの故に、因果となって苦しまなければならない、この世の中の荒れ狂っているのを私達の努力によってきれいにしなければならない時期になっているのです。子が親を殺す。親が子を殺す。あるいは考えようものない災難、列車の事故、自動車の事故。このようなことはいずれも因縁のなせる業、そのような災難、事故のない、安穏な世の中になるよう私達は努力させて頂いているのです。

 お互いに慾は誰にでもある。ない者はない。私等でも、うまいものを食べたい温泉にも行きたいという心はチョイチョイ出てくる。それを抑えて数多くの衆生を救わんがため、たとえ一言でも説法しましょう、心の汚い者はきれいな心になって頂こう、そして大きな功徳を戴き、各自の家庭が円満になっていただくために日夜努力しているのです。

 皆さんは物事に感謝の心が足りない。愚痴が多い。女の人は特に多い。少し忙しいと「ああ忙しい、ああ忙しい、やりきれない」と愚痴だら心だら。感謝があれば、これは自分の使命、たとえ苦しくともやり通そうという決心があれば「成せば成る」の諺の如く何事も完全に出来上がる。愚痴が多くいやいややるから、きれいに行かず早く仕事が仕上がらない。だから仕事に追われてしまう。感謝の心で行なうなら、一心がそこにこもるから上手に仕上り、早く片付く。その心も忘れ、経巻の教えも何も悟らずしてお互いが懺悔を忘れている。苦の娑婆と思えば愚痴は出ない筈。衆生に大慈大悲を起して、お互いが喜び喜ばれて世の中を過ごして行ってはじめて本当に寿命も延びる。

 働いたから早死にする、苦労したから早死にするということは絶対にない。ずっと以前私は易者に見て貰うことが好きで面白半分に見せたことがあります。チョイチョイひやかしに観て貰った易者がたくさんありますが、寿命の事はどの易者も皆同様で、三十三あたりが大難で命にかかわるとは表向きで、その位しか命は生きられないようなことをいわれてきました。その後この法華経に入ってからというものは、沢山の人を救い、功徳を積んで因縁因果を徐々に洗浄してきたためそれまで一年間に何回となく患ったのが初めは一年に三、四回、三年目には一回次には二年に一回、三年に一回という具合に重い病気も次第になくなってしまいました。

 そのように弱い身体でありながら、今日満六十才まで生きていられるという事はやはり皆さんに功徳植え付けたお蔭です。これが功徳をいただいている、神力をいただいているという頼母しい事なのです。人間の寿命は分らないというが持っている因縁因果のために叩かれて、どうやら命を取り止めても、財産は減ってしまう。因果応報です。

 あれこれと愚痴をいうのを捨てて、只々世の中の苦労している、悲しんでいる貧乏している人を救ってこそ、私達は現の果報を得るということになります。
良い事をすれば良い報いがくる。悪いことをすれば悪い報が必ずくる。従って私達はつねに心に留めて良い事を一つ宛残して行かなければなりません。姑をいじめ抜いた者は、自分が我が子にその手本をみせているようなものですから、自分が歳をとって我が子に大事にされないのが当然のこと。

 人から馬鹿だといわれても人に良い事をしていれば良い報いがくるのは当然。親を粗末にせず親孝行して自分が年取って七十、八十になって我が子にそのまねをして親孝行をして貰えるようにしていただきたい。口返答は無用、なすべきものではない。心の中で思ってもしたことになる。「そんなことをいっても無理だ」と思うと顔に出る。口返答したことと同じです。「ハイハイ」と従っていたのならば、如何に悪い姑でも鬼のような姑でも、最後には悪かったと懺悔に入ることは疑いありません。世間の人も良い嫁だ、とほめたたえます。それは既に現の果報を得たことになるお金では買えない尊い宝だと思います。

 女はおしゃべりが多い。口が悪い。見たこと。聞いたことを倍にして話す。貴方にだけ内緒ですよといって順々に伝わって行く。同じことをいえばよいが終いには大きなことになって騒動になる。よく行法経を悟って、眼、耳、鼻、舌、心、身等六根を清浄すべく行じなければなりません。行法経をよく身に入れて行に進み、懺悔をしたならばお互いが幸福になります。人の悪口もいうべきことではありません。人がいうのを見たら、聞いたら、それを反省して己がそのまねをせずにやって行こう、正しくやろうとなさればその人は立派。聞き苦しいことを聞いた時は諭して上げるのが私達の使命です。それには一人一人法華経に導引いて正しい人を作り上げて行くこと。そうすればあの人に救われた、あの人のお蔭で病気が治ったと良い思いを貰えるから自分の寿命が延びます。

 如何に苦労が多くても法華経を真に悟って行法経を悟って、功徳を積んで行じたならば功徳力をいただけるのが法華経です故お互いにしっかり行じて下さるようお願いいたします。

(一部の語句、書式等を変更しています。)


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